静岡から上京して来て、
小田急沿線の某駅に住んでいる。
いつも利用している24時間営業のスーパーで、
レジのアルバイトをしていたその娘と出会った。
「あのう、ひょっとして・・・なんですけど」
「はい?」
「もしかして、前にサンクスでバイトしてませんでしたか?」
「・・・え?ええ、そうですけど・・・」
レジの若い女の子に唐突に話しかけられて、
一瞬何のことか戸惑ってしまったものの、そう答える。
確かに以前サンクスでバイトはしていたのだ。
「私、よく覚えていたんですよ」
彼女はクスッと笑って、
ヒマワリのような笑顔を向けてそう言った。
その笑顔を見ながら、
ちょっとだけ暖かい気持ちになる。
そこで素早くメールアドレスを交換し、
それからちょくちょく二人で遊ぶようになった。
そして、
男の住む部屋にも遊びに来るようになった。
ある日のこと。
その彼女の得意料理である鍋を、
二人でつついていた時のことだ。
「どうしたの?何だか元気ないじゃない」
ずっと元気のない彼女の様子に気づいた男は、
俯いた顔を覗き込むようにして声をかける。
「私って、あんまり魅力ないのかなあ・・・」
湯気を上げる鍋越しに、唐突にポツリと呟く。
「・・・な、何言ってんの。この鍋美味しいなぁ。アハハ」
男は平静を装うとしたものの、
その声は明らかに上ずっていた。
「・・・私じゃダメですか?」
「何のこと言ってんのさ。あのねえ、
男の前でそんなこと言っちゃダメだよ。第一、まだ高校生じゃん」
「そんなの関係ないもん」
「いや、でも・・・そんなこと言ってたら、
ホラ、セフレって言うの?身体だけ、みたいになっちゃうよ〜」
男はギャグっぽくそう答える。
しかし、それは完璧に空回る。
「それしかないんだったら、それでもいいです・・・」
「いっ!いやいやいや・・・。
そんなねぇ、女の子がそんなこと言うんじゃありません!
アンタ、ズバリ地獄に落ちるわよぉ〜」
などと、にわかに某占い師化して説教をしてしまうのであった。
男には、この微妙な空気・・・
いわゆる『良い雰囲気』がたまらなく心地悪かった。
少しでもこの流れを変えたかったのだ。
別にお互い付き合ってる訳じゃない。
このままの関係だっていいじゃないか。
年の差はちょっとあるけど、
電話でしゃべったりするぐらいだったら相変わらず楽しい。
せっかくの「仲の良い兄妹」みたいな関係を、
わざわざ壊してしまう必要はない。
相手の中に踏み込んでしまったら、
もう後には引き返せなくなってしまう。
男にはそのことがたまらなく怖かったのかも知れない。
結局、男の姑息かつささやかな努力は報われず、
その日は二人とも無言のまま別れた。
今でも、相変わらず『妹のような存在』として、
たまに遊んだりメールしたりしている。
電話とメールの頻度はどんどん少なくなってるけど。
これで良かったんだよな・・・
ほんの少しだけ痛む心を抱えながらそう呟く。
そして、
あともう少しで卒業を迎える彼女の、
あのヒマワリのような笑顔を思い出し、
静かに微笑むのであった。